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小説「紙の月」  角田光代

読んでいて、たぶん実在の事件をモチーフにしてるんだろうなと思ったが、
ほかの作品のようにはすぐに思いつかず、読了後に調べたら、
一億円横領女子行員「伊藤素子」の名前に聞き覚えがあった。ああ、あったなそんな事件。
で、いつもながら、事件よりも小説は、切なくてやさしい。

冒頭は、国外逃亡中のヒロイン・リカの薄い独白から。
その後、彼女にかかわった3人の友人から見た薄いリカ像が重なり、
リカの少女時代からの物語がはじまる。
それぞれに、お金にからんだ辛い状況がからんで、厚みが加わる。

リカの行動は、「男に貢ぐために横領」というシンプルさでは語れなくて、
どちらかという自己実現、自分探しに近かったような気もした。
欲しかったのが、あの早朝の駅で感じた至幸感、万能感なのだとしたら、
一瞬で雲散霧消するようなものだとしても、彼女はそれを手に入れたということか。

夫の言動への僅かな引っ掛かりから、
専業主婦だったリカは就活をしてパートに出始め、認められてフルタイムに移行していくんだけど、
その過程がとてもリアルで自分にとって興味深く、面白かった。
こうして顧客に愛されて成績を上げ、会社にとって有益な人材になっていく、
それだけじゃダメだったのかなぁ、と、
この後確実にみんなの信頼を裏切っていくことが残念だった。

一線を越えた後の転落は、蟻地獄のよう。怖い。
でも、暗黒ではないと思う。
友人三人のお金の不幸も、悲しいけれども全てが絶望ではないと思いたい。

「私を見つけて」「ここから出して」

いつもながら、角田氏は上手。
どんどん引き込まれて読まされる。素晴らしい。

お薦めですね。
by michiko0604 | 2013-04-07 22:15 | | Trackback