人気ブログランキング | 話題のタグを見る

小説「三屋清左衛門残日録」 藤沢周平

何の気なしに借りたのだが、これも随分有名な作品だったらしい。
読んでいくうちに、新聞のテレビ欄であらすじを読んだ覚えがあったし、
舞台化もされている模様。主人公がおじいさんで、萌えないかと思ったが(ぇ)、
思いがけず残るものがあった。ある一面では、蝉しぐれよりも良かった。

まずまずの要職に就いていた主人公が、50歳を過ぎて長男に家督を譲り、
ご隠居さんとして人生再スタート。定年後ですね、言ってみれば。
随所に、人生の黄昏を迎えてしょぼくれた述懐が入り、景気わるくなるのだが、
これこそを味わい深く受け取るべきものなんだろう。
それにまぁ水戸黄門ほどじゃないが、このご隠居は活躍してかっこいい。
よく出来た人格者で優しくて世話焼きで、現役の皆さんにも頼られて。
いいお嫁さんに恵まれて、ちょっとラブストーリーもあったりして、
みんなの瑣末な悩み事を解決してやっていきながら、いつの間にか、
政権争いの渦中に巻き込まれて大きな役割を担っていく。
一つ一つのエピソードが、独立しておもしろく飽きさせないし、
それがおおきく繋がっていって、先が読みたくて引き込まれる。これはすごいわ。

優しく行き届いたお嫁さんに大切にされて、経済的にも跡継ぎの心配もなくて、
趣味を持って、頼られて、友達もたくさんいて概ね身体も丈夫。
奥さんを亡くしていることを除けば、これはきっと理想の老後なんだろうなとも思った。
そしてちょっぴり寄り添って離れることになった女性の思い出を、浅く胸に抱く。

その終章のために、こんなふうに心を寄せることになったのかもしれない。
終わったものを懐かしく胸に抱く。そのことの幸福。せつなくても。
どんなに華やかな、甘く熱い時間があったとしても、それは必ず過ぎ去るし
少なくとも、別のものに変質していく。同じ場所にはいられない。
思い出になったものを抱いて、日々の暮らしを穏やかに生きること。
それこそが究極の幸せなのだ、というしみじみとあたたかく広がる、年寄りの述懐。
ですね。
by michiko0604 | 2007-02-26 21:25 | | Trackback