人気ブログランキング | 話題のタグを見る

小説「もう切るわ」 井上荒野

積極的治療を選ばない末期がんの男と、妻と愛人・・という設定は、
あの「象の背中」や白石一文の短編集中の「水の年輪」を連想しましたが、
男性からの視点で、成り行きは反対方向に極端だったその二作とは趣が違い、
女性側からのリアルな恋愛小説として、すんなりと感情移入できました。

三角関係だからって、必ずしもドロドロじゃなかろうし、かといってサラサラでもない。
妻の中の複雑な感情、温度は低いけど、怒りや執着や愛情がよく理解できたし、
愛人の、素直な思慕の情もじわじわと沁みてきて、双方にシンクロ。
真ん中にいる夫も、そりゃ身勝手には違いないんだけど、
実際男なんてこんな感じかもしれないな程度には、なんだか許してやれてしまいそう。

「もう切るわ」というタイトルの意味が描写される場面では、ちょっと泣きそうになりました。
自分の中にもあったいろんな切ない感覚を、少しずつ追体験させられる。
作者の思う壺だったみたいですねぇ。

淡々と嫌味のない、でも、心に残る小説でした。良かったです。
by michiko0604 | 2009-04-16 01:07 | | Trackback