カテゴリ:昔話( 2 )

田島様のエピソード、心細い状況で、一人でお留守番を余儀なくされた時に、
ペットが頼りになる、という話からちょっと思い出しただけで、
あんまり近くはないんだけど、思い出話をひとつ、前の日記から転記しておこう。
かっこ悪いのだが、割と自分では好きなほうの昔話だから。
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雷は好きだ。そんなに少数派じゃないと思う。
「えっ嘘、信じられない、アタシ大ッ嫌い」という人と、
「あっわかるわかる、アタシも大好き☆」という人、半々までは行かなくても、
六分四分程度には。

一度はやってみたかったこと、を実現させてみたのは、19かハタチの時だったと思うが、
盛夏の夕方、よぉしこりゃ間違いなく今から雷来るなって雰囲気の中、
Tシャツと短パンで外に出て、近所の野ッ原で葦の中にうずくまって
(さすがに何もない真ッ平な場所に突っ立って落雷食らいたくはなかった)
徐々に近づく真っ黒な雷雲から底が抜けたような土砂降り、天を裂く無数の稲妻と雷鳴を、
雨が小降りになって薄日が差すまで腹いっぱい堪能させてもらった。素敵な思い出だ。
でも、雷好きだという人でも、この話をすると、えっ、いや、それはちょっと・・・
馬鹿・・・なんじゃないか・・?と、引かれてしまう。常識のボーダーラインは難しい。

かように愛している雷なのだが、少々胸痛む思い出もある。
思い浮かべるに、その日、学校帰り、まっすぐ家に帰って来た。
つまり、いつも母の帰りを待った父の実家は、祖母がもう臥せっていたから寄らなかった。
猫が4匹いた。姉はその時間にいなかった。恐らく中学生になっていて部活中だった。
考え合わせると、小学校3年生のときだ。
何がいつもと違っていたのか、一人で家にいるようになって初の雷だったかも知れないし、
最初の雷鳴が地響きのようにむやみにでかくて、意地悪に脅かして来たのかもしれない。
とにかくその時、自分は軽くパニックに陥った。
母の職場に、号泣しながら電話をしたことは何となく覚えてる。
そして、まず間違いなく帰って来てはもらえないとわかっていたことも覚えている。

「会議中だから帰れない、こういうことで電話するんじゃない、
 雷は家の中まで入っては来ないから、
 電気を消して家の中でじっとしていれば、そのうち過ぎていくから待っていなさい」

きっとそんなような返事だった。多分ね。覚えてはいないけど。
こう書くと、なんかとてもかわいそうだったように読めるだろうか。
でも別にそういうわけでもない。
電話した時点で駄目元っていう諦めはあったし、
泣きながらも、ああやっぱりなって納得してたし、
このことが、子ども時代の一番悲しい思い出かって言うと、全然そんなことはない。
子ども視点では、そんなに目に見えて大したことってわけじゃなかった。

それでもこれが胸痛む思い出だと思うのは、オトナになってから、
母のほうからこの話が出たせいだ。

あの時は悲しかった、会議中に涙が止まらなかった、何のために働いてるんだって思って。
やっと会議が終わって前のめりになって帰ってきたら、
あんたはベッドで下着一枚で、汗びっしょりで眠っていて、周りに猫がいっぱいいた。
せめて猫を集めて頼ったんだろうなって、そう思ったらまた、
なんか情けなくなって悲しくて泣いてしまったんだ、て。

知らねぇよそんなん(汗)。
でも、切ない話だと思った。
自分も母親になっていて、その時の、母の気持ちがすごく良くわかったから。
今よりはるかに劣悪な環境で、気を張って働く若い母親のせつなさが、
胸痛むお話、ということなのでした。
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by michiko0604 | 2007-10-11 00:36 | 昔話 | Trackback | Comments(4)

薄く個人的な回想

触発されてというわけでもないのだけど、ちょっと微妙な昔話。
自分の心を、添わせることができるだろうか。

愛する人をリアルタイムで亡くす、というのは、さすがに実生活ではレアだろう。
恋人であったり、伴侶であっても若い世代の場合は、っていう、ちょっと狭い条件でだけど。
これは確かに、この世の終りに匹敵する大悲劇だと思う。

かつて縁のあった人っていう風に範囲を広げると、どれくらいの確率になるのかな。
せいぜい20代までで、不慮の事故や病気で、付き合ったことのある人が亡くなった、
という経験を持つ人。そういうことになると、自分もあてはまるなぁ、と思った。

その人が亡くなったときに、私は赤ん坊がいて、お葬式には行けなかった。
知らせてくれた同級生の男の子がアパートに寄ってくれて、お香典だけ頼んだけども。
赤ん坊がいなければ行ったのだろうか?どうだろ。暇なら行ったかも。
特にそれが心残りということもなかった。
それからも随分経つけど、お墓参りにも行ったことはない。

高校の先輩であるその人と、付き合っていたのは卒業後の半年くらいで、
付き合い始めた時が一番好きだった。
別れるときには、もう少しも好きではなかった。ひどい言い方かもだけど。
彼に特に落ち度はなかったので、そもそも付き合い始めるべきじゃなかったんだろう。
始めも終りも、どちらかというと自分に責があるのは自覚していたので、
忘れているとか、まったくなんとも思ってないということはなかったが、
その人の不在が、自分の中に何がしかの空洞を穿つことは、もはやなかった。
亡くなったと聞いたときも、あんなに真面目で健全で慎重だった人が、
夜中に車を飛ばしていて自爆だとは、なんてめぐり合わせが悪いのかと驚いたけど、
それ以上の感慨は持てなかったかもしれない。
それまでも生活圏から遠く離れていた人が、改めて永遠に関わりを絶ったからと言って
自分にとって殆ど影響のないことであったのは否めないところだった。

このお話の主人公たり得るのは、今にも倒れそうに見えたという、新婚の奥さんだけだ。
直接は知らない人だけど、やはり同窓で噂として聞いたことはあって、
いまどうしているのだろう、と、少しだけ複雑な気持ちで彼女のことも今思い出した。

だらだらとここまで書いてみたが、あんまり意味なかったかもしれない。
私にとっては、それ以外の2,3の失恋の方が、はるかに世界の終りを疑似体験させられた。
結構素でひどいことを書いてしまったような気もするが、
私が今でも彼の死を悲しんでいたりしても、向こうも困惑するかもだから、
これは仕方がないような気もする。
ただ、忘れていないことだけは確かで、恐らくこれからも忘れないだろうということも、然り。
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by michiko0604 | 2007-01-30 01:06 | 昔話 | Trackback | Comments(0)