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小説「半島を出よ」 村上龍

近未来(2011年)、北朝鮮の精鋭部隊9人が福岡に潜入、
福岡ドームでの開幕戦、観客3万人を人質に、独立を宣言。
経済的に疲弊し、国際社会で地位も凋落した無力な日本政府に為す術がなく、
何ひとつ手を打てないまま、空路第二陣500人の侵入を易々と許し、
福岡は制圧されてしまう。
さらに九州全土制圧を目指して12万人の船団が迫る中、
日本はこの大ピンチをはね返すことが出来るのか。

と、おおむねこのような話です。かね(ぇ?)。
どっちかと言うと悪ふざけだった「昭和歌謡」に比べて、
全編シリアスで、良く練られたしっかりがっつりの超大作。
でも、「昭和歌謡~」と、よく似てます。これも、破壊による突破でしょう。
ただ、とても良く出来た物語に上手に組み込まれていて、
特に下巻、見事なエンターテインメントになってます。
上巻は、政治小説、社会小説のような様相を呈しているのですが。

人質を取られれば、世論を恐れて手も足も出ない日本政府とか、
結局、東京には影響がないから、と九州を切り離しかける空気とか、
占領軍の資金として、資産のある犯罪者から巻き上げるやり方が、
庶民からは微妙な支持を受けるとか、ブラックで皮肉でリアル。

自分にとって、この本の大きな魅力の一つは、北朝鮮の人の描写。
このまま鵜呑みにするつもりではないですけれど、
今まで、何をどんな風に考えるのか全然掴めなかった、彼らの心や価値観が、
おぼろげに輪郭をなぞれそうな程度には、理解できそうな気がした。
と言っても、似通った外見をしていても、日本人とは発想も価値観も全然違う。
同じ風景を見て、同じ気持ちで同じものを目指すのには遠く、難しそうだった。
そもそも、日本人が正しくて彼らが間違ってるっていうわけでもない。
で、当たり前だけど、彼らにも大事なものがあり、愛する者がいる。
生活があり、習慣があり、子ども時代があり、来た道がある。
仲良くなれるとか分かり合えるとかいうことでなく、彼らを近しく感じられた。

もう一つは勿論、結果的に侵略者に立ち向かうことになる集団の魅力。
「昭和歌謡~」の生き残りのイシハラは、おじさんになり、
福岡で、社会に適応できない、犯罪傾向のある少年たちの面倒を見ている。
傾向っていうか、何人かの子は、すでに人を殺してる。
彼ら不適格者ぶりの描写が秀逸だと思う。
生い立ちが不幸すぎて病んでしまった子もいるが、
ただただそのように成ってしまった子もいる。本当にいるのだろうなと思う。
この話は良くできているので、彼らの破壊衝動がこんな風に、
結果としては日本全体、多数派社会全体への利益になっていて、
みんなにとって読みやすく共感しやすい成り行きなのは、それで良いと思います。
自分も結局は多数派の発想だから、迷わず彼らに気持ちを寄せられた。
登場人物が多すぎて、ひとりひとりには感情移入しきれないが、
それでもなお、遠くいとおしさを覚える場面はあった。
上手に生きることの出来なかった彼らの、大切なコミュニティと美しい時間。

終盤にほんのりと置かれた唯一のラブストーリーは、サービスし過ぎとも思うが、
まぁ、一筋の希望の例として、悪くはなかったです。
もうひとつ、老医師のエピソードも、出来すぎと思いつつ、やられた。
涙目になった。だから仕方ない、良かったです。

「昭和歌謡~」のほうがシンプルでピュアかもしれないが、
私には、非常に濃く得るものの多い、愛を感じる大傑作でした。
by michiko0604 | 2010-01-31 23:18 | | Trackback